公益財団法人 山口県ひとづくり財団 県民学習部 環境学習推進センター
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環境学習講座 「ツキノワグマの生態と私たちの暮らし」

近年、人の日常生活圏でも頻繁に目撃されるツキノワグマ(以下「クマ」という。)について、環境の視点からクマを取り巻く状況について知り、私たちの暮らしとの関りを考えていただくための講座を開催しました。

 

Ⅰ「山口県のツキノワグマの生息状況」

【講師】山口県環境生活部自然保護課 主幹 山田隆信 氏

クマに関連する法律の変遷や国内及び山口県のクマの生息状況などについて、表やグラフ、環境省資料等を使って、行政の立場から解説されました。

〇日本の鳥獣保護管理法制の沿革

明治6年に制定された法制度は、狩猟の規制に重点を置いたものであったが、戦後は鳥獣保護の観点となった。その後、増加する野生鳥獣と絶滅が危惧される野生鳥獣や社会問題化を背景に、保護すべき鳥獣と管理すべき鳥獣の計画的な保護管理が必要となったことから、平成26年には「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」に改正されている。

山口県ではクマは狩猟禁止鳥獣となっているが、人身被害や農林業被害発生のおそれがある場合は、市町長が申請し知事が許可すれば「わなによる捕獲」が可能である。

〇日本のツキノワグマの状況について

クマは本州と四国に生息している(ヒグマは北海道のみ。九州では絶滅と判断されている)。西中国(広島、島根、山口)と紀伊半島及び四国の地域はそれぞれ個体群が孤立しており、狩猟禁止となっている。個体数は増加傾向だが、四国には30頭弱しかいない。

西中国地域では、絶滅が危惧されたため平成6年度から狩猟禁止となり「保護」されている。令和2年度の生息調査では、その生息数の回復や生息域の拡大が判明するとともに、人里への出没が増えたことから、現在は、クマとのすみ分けなどを重点とした「管理」へと変わっている。

全国における令和5年度の人身被害の発生場所をみると、4~6月は山での山菜取りで、9~12月は人家周辺が多くなっており、人とクマの距離が確実に近くなっている。

〇山口県のツキノワグマの状況について

本県でも18市町で目撃情報があるなど恒常的な生息範囲が拡大し、令和6年度の目撃件数は799件であり、その内訳は、目撃462件、痕跡257件、捕獲80件となっている。平成10年以降、捕獲したクマの放獣率は17.2%である一方で、再捕獲率は33%となっており、3頭に1頭が再度捕獲されている。また、令和6年度の人身被害は3件となっている。

山口県警では、入手したクマ情報を「YPくまっぷ」としてホームページで公表している。

 

Ⅱ「ツキノワグマとの付き合い方を考える」

【講師】山口県立山口博物館 学芸員 大森鑑能(あきたか) 氏

『クマ問題は「クマ」側の問題ではなく「人間」側の問題である』との視点で、学芸員の立場からみたクマとの付き合い方を解説されました。

〇ツキノワグマの目撃情報のからくり

山口県自然保護課の目撃情報によると、令和4~5年度は520件の目撃情報があったが、その中には「クマらしき動物」の情報も含まれている。また、人が住んでいない地域はそもそも目撃者がいない。つまり、クマの目撃情報の分布図は「クマが出たと通報する人の分布図」である。

クマの行動圏は、10~65㎢と広く、特定の1個体が動き回っている可能性がある。そして夜間に動くことが多い。そのため、人間が行動する朝や夕方及び春と秋に目撃情報が多くなっている。

〇ツキノワグマと遭遇してしまう仕組み

クマは臆病であり、人間と関わりたくないので積極的に逃げる「逃走距離」を保つため、人間が先にクマに気付くことはほとんどない。よって、クマとの遭遇を防ぐには、熊鈴やラジオなどで大きな音を出して警戒することが有効である。

一方、クマが自身の身を守るための「戦闘距離」に人間が足を踏み入れ、遭遇してしまった場合(「バッタリ遭遇」)は、クマは戦う手段を取る。その際は、熊スプレーを使うことや顔を覆うなどして防御態勢を取ることが重要となる。なお、子連れの母グマや市街地に現れてパニック状態になっているクマは狂暴となっており「戦闘距離」の範囲も広いことから、決して近づかず、避難することが大切である。

〇ツキノワグマが人里に出てくる要因

クマが人里に出てくるのは奥山に餌がないだけではなく、人間が呼び寄せている側面がある。エネルギーが化石燃料になる以前は、奥山に野生動物が住み、里山などの「緩衝地帯」で人間が木材など活用し、人里で人間が暮らすという環境であり、この「緩衝地帯」が人と野生動物の棲み分けとなっていた。しかし、現在は、この「緩衝地帯」が消失してきており、放任果樹などに誘引されて、野生動物が人里近くに出没している。

〇ツキノワグマと共存するには

人間の活動量の減少はクマの出没を助長することとなり、その背景には人口減少や過疎化などの大きな課題がある。「クマ問題は人間側の問題である」ため、私たちもクマと共存した暮らしを考えることが必要である。

ニュースなどでは、わからない情報が満載の講義内容で、受講者からは「クマの出没は、私たちの暮らしの変化が影響していることがわかった。共生について考えていくためのよいきっかけとなった。」などの感想が多くあり、充実した講座となりました。